肺水腫になった日のこと
10歳で僧帽弁閉鎖不全症と診断されたウディ。
症状の少ない段階から始まり、肺水腫、投薬、手術を経て、今もケアは続いています(2026年2月現在は12歳)。
シニアわんことミドルなわたし、ふたりですこやかに生きる工夫と日々。都度の選択や迷いを記録しながらQOLを上げることを目指します。
血液検査も問題なし。その1カ月後
それは、突然やってきました。
かかりつけの先生から「心雑音」を指摘されて、ちょうど1年くらい経った頃です。
ウディの日常は大きくは変わらず、私はどちらかというと昔からの悩みだった皮膚炎や涙やけの対策に力を入れていました。
当時学んでいた漢方薬膳をウディのフード(当時はドライフード)に取り入れ、”食養生”を意識して今の状態に適したごはんに変えていった時期。根気よく続けたら、皮膚の状態も涙やけも落ち着き、血液検査はウディ史上初めてオールクリアという嬉しい結果に。
安心して、心臓のことは、頭からすっぽり抜けてしまっていました。
その検査から、ちょうど1カ月の朝です。異変が起きたのは。
花粉症?….かと思ったら「咳」
その朝も、いつものように散歩へ行き、ごはんも食べたウディ。
午前中にトリミングの予定があり、連れていこうと支度をしていたときです。
突然、「ブシュッ、ブシュッ」と逆くしゃみのような音が。
そして、金属をひっかくようなキィィイッと喉も鳴って。
くしゃみと引きつり音を立てながら部屋をウロつくウディ。私は少し様子を見ていました。
実は、前の晩にも同じような状態になり、数分したら落ち着いたので、「花粉症? アレルギーかな?」くらいに思っていたんです。
実は、前の晩にも同じような現象があり、うろつきながら鼻と喉を鳴らす様子に「花粉症?アレルギー性の何か?」と思ったからです。
でも、この朝は様子が違った。
音がだんだん大きくなり、長く続く。
なんとなく嫌な予感がして、トリミングの前に「念のため」と、かかりつけ医へ向かいました。
「肺水腫を起こしている」
到着するとすぐに先生が、
「これ、肺水腫だよ。軽い呼吸困難を起こしてる」
と言い、その場で処置。利尿作用がある注射を打ち、「もう今日から薬始めて」と、その日から3種類の薬を服薬させることが決まりました。
検査結果が良かっただけに、ショックが大きくてちょっと放心していました。
元気で、変わりなく見ていたけれど、その裏でヒタヒタと心臓病が進行していたこと。それも、肺水腫を起こすのは結構深刻な状況、ということ。
一気に来た、そんな印象。それまでなだらかだった坂から、ストンと急落した感覚。
私が「花粉症かも」と思っていた異音は、心臓からくる咳でした。
当時は、犬の咳がどんなものかよく知らなくて、音で気管なのか、心臓なのか、なんてこともわかりませんでした。
心雑音の指摘以来、先生が「薬を飲ませるタイミング」を確認してきたのは、心臓の働きをサポートする薬を飲むことで、急落を避け、なだらかな坂を持続させるような意味合いもあったのだと思います。この日、家に帰って読み直したパンフレットにも、「投薬は、進行を抑える目的もある」ということも書いてありました。
治癒ではなく、あくまで「抑える」。進行を遅らせるという意味合いに、見た目も元気で違和感なかったウディには、いつから飲ませるべきなのかがわからなかった、というのも正直なところでした。
処置を終え、帰宅。散歩は当面禁止、とにかく安静に、とのことでトリミングも中止です。
帰宅するなり、ウディは驚くほど頻繁に排尿。
量も多くて不安になるほどでしたが、水を抜く必要があるため利尿剤を使ったので、とにかく出すだけ出して、しっかり食べて、飲めれば大丈夫。
その日の夜には状態が落ち着き、ごはんも食べたがり、ホッとしました。
けれど、大きな壁がここで。投薬です。
薬に四苦八苦、追い詰められる私
ウディは食いしん坊なので、食べ物に包んだり混ぜたりすればすんなり薬も飲むタイプ。
投薬で苦労したことはなく、今回もチーズに包んで与えけれど、成功したのは初回のみ。次は、学習して薬だけ吐き出しました。こんなことは初めてで、またしても放心する私。
チーズをお肉に変えても同じ。そしてもう警戒して近寄ってこない。
仕方がないので、粉状に砕いて、フードにかけて出しました。すると、そのフードの匂いを嗅ぎ、警戒してフードを食べなくなってしまいます。
困った。
どうしよう。
食べて欲しいのに、食べない。薬を飲ませないといけないのに、それすらもできない。
当のウディもまた、辛い状況。具合が悪い、食べたくない。
日に日に食欲がなくなっている様子のウディを前に、私はどんどん追い詰められていきました。
私が変えたこと
「食べない、飲まない」ウディと「食べさせたい、飲ませたい」私の攻防戦を繰り広げた後、薬の与え方を次のように決めて実行しました。
①錠剤はすべて粉状にして混ぜる
処方された薬は、混ぜても大丈夫か先生に確認をとり、問題ないとのことで、全部をすりつぶしました。
また、先生から乳鉢でやる方法を教えてもらい、乳鉢を購入して実行。包丁で叩くよりも簡単にサラサラになりました。

ちなみに、すり鉢は溝に薬が入るから使用NGです
②好きなものに薬を混ぜない
好きなものだと与えやすいので、そうした結果、食べ物自体を全部警戒するようになってしまった。ただでさえ食欲がないのに、ハンストのような状態になったので、視点を変え、これまでウディに与えたいなかった食品を使うことにしました。
それが、ヨーグルトです。オイコスの無糖ヨーグルト。
先生にも相談したら、タンパク質も摂れるしいいんじゃない、とのことで、粘り気が強いオイコスに粉状の薬をかけて指ですくって口(歯)に塗る、という手法を取りました。
これは、投薬が続く今も続けています(ヨーグルトの種類は変わりました)。
シリンダーで飲ませるなど、ここに至るまでいろいろやってみたのですが、先生から「鼻につけるとか、歯に塗って舐めさせられる?」と聞かれ、歯磨きシートを指につけて毎晩歯磨きする習慣があるので、「それだ!」と気づき、上記の方法でやることにしました。

実は、ヨーグルトの前に試した製品もあります。それはすごく役に立った、ウディにとっては命綱になったものです。これは、別記事で紹介します
③投薬の場所を決める
それまではリビングや寝室など、ウディが休んでいる場所で与えようとしていました。結果、ウディが逃げ出し、攻防戦に突入する。ウディが安心できるはずの場所で嫌なことをされるのは、警戒心を強めるだけだし、ますますやりにくくなり、こちらのストレスもかかる。
そこで、決めました。嫌なことは安心できる場所でしない。
薬は、浴室で与えることに決め、薬の時間になったらウディを抱えて連れて行きます。
自宅でシャンプーしていたときと同じ要領、ウディも浴室では大人しく洗われる習慣がついていたため、自然と「我慢する」モードに入ります。
浴室で膝に乗せ、歯磨きするイメージで薬を口に塗る。しばらくは、1日3回、落ち着いてきたら朝晩2回になりましたが、ウディも私も、この新習慣になれるまで時間はかかりました。
肺水腫後1カ月がいちばんキツい
今思えば、最初の肺水腫を起こした直後が、私にとってはいちばんキツかったです。
ウディの心臓の状態は、ステージB1〜B2の間くらいだったから、進行具合からいえばまだ大丈夫といえる段階だったとは思います。
でも、雪崩のように、一気にいろいろな対応に迫られ、ウディの命運が私の、私だけの両肩にのしかかっているんだという重み。
具合の悪さと薬の影響のダブルパンチでますます偏食、ハンストウディにほとほと困り、食べられるものを毎日探すのと、イヤイヤ抵抗に負けず薬を与える日々に何度泣いたかわかりません。
本当に、最初の1カ月がいちばん大変でした。
次は、事細かにノートに記録していた「落ち着くまで」の過程を書こうと思います。

