肺水腫のあと1カ月。記録を続けてわかったこと

fuku29work23
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10歳で僧帽弁閉鎖不全症と診断されたウディ。
症状の少ない段階から始まり、肺水腫、投薬、手術を経て、今もケアは続いています(2026年2月現在は12歳)。

シニアわんことミドルなわたし、ふたりですこやかに生きる工夫と日々。都度の選択や迷いを記録しながらQOLを上げることを目指します。

専用ノートに「日誌」で管理を始める

先の記事「肺水腫になった日のこと」にも書きましたが、私にとっては、最初の肺水腫後1カ月が、いちばんキツかったです。

肺水腫の再発、そして繰り返しは、その後何度もありました。だけど、今振り返っても、最初に発症した直後がいちばん大変だったと感じます。

それは、ウディにとっても私にとっても、それまで当たり前にできていたことが大きく崩れ、もがきながら手探りでなんとか立て直そうとしている時間が長かったから。

それはまるで、深さのわからないプールに投げ込まれ、足が届かず必死で立ち泳ぎしている感覚がずっと続くような心境です。

体の急激な変化に追いつけず、弱っていくウディを前に、なんとか命をつなぎ止めようとトライ&エラーを繰り返す私。

食事、投薬、呼吸数と温湿度の管理という新しいルーティーンに加え、ウディの変化に気を配り、私自身の生活も回していかなくてはいけない。

心配事が一気に押し寄せ、目の前のことに対応するのに精一杯になっている中、獣医師の先生との連携や私自身が客観的に判断するためのデータが必要なんじゃないかと、専用ノートを作って記録を取ることにしました。

日誌に書いた主な項目
  • 日付、天気、温度・湿度など
  • 投薬状況(与えた時間、どうあげたか、など)
  • 散歩有無
  • 朝ごはん(内容と、食事量)
  • 間食
  • 夜ごはん
  • 排便状況
  • 様子(過ごし方、日記欄)
  • 備考(気になったこと、特記事項など)

食事の内容や、食べ残しについては細かく記録。また、1日の様子も変化を中心に書き留めるようにし、後日赤字で「その後の様子」や注意点を書き加えるなど、アップデートするようにしました。

記録をつけ始めて見えた変化

専用ノートは「ウディ療養日誌」とし、見開きで1週間分が見通せるように配分しました。毎日細かい字でちまちま書いているのは、小さな変化もこの時期は逃さず書いておきたい、という気持ちの表れです。

日誌をつける前は、「当日」と「前日」くらいしか比較していなかったし、記憶を頼りに「こうだったのに」「ああだったのに」と思い悩んでいました。

それが、1週間、2週間と記録が溜まっていくと、食欲や体調の上がり下がりがよく見えるようになり、「下がっても、また上がるから大丈夫」とか「むしたキャベツは先週も食べたから今あげたら食べるかも」など、過去の記録を見ながら冷静に対応できるようになりました。

一進一退状態が続いても、慌てなくなり、呼吸数が増えても、落ち着いて対処できるようになり、新しい試みもしてみようという前向きな気持ちも生まれました。

そして、かかりつけの先生とは別に、わんこの鍼灸治療をする中獣医師にもお世話になることに。このお話は、別記事で

「ウディに任せる」でメンタルが安定

記録してわかったことの中に、ひとつ、大きな気づきがありました。

それは、「ウディを信じて任せたらいい」と、大きく息をつけたこと。そして、私は、これができてからずいぶんメンタルが安定しました。

飼い主である私からしたら、「どうにかして助けたい!」という思いがあります。食べないなら、口をこじ開けてでも食べさせたい。そんな思いで、実際に、切羽詰まった状況下でペースト飯を歯に塗り込んでいった経緯もあったのは先の記事にも書いた通りです。

肺水腫後の「食べない」と向き合った記録
肺水腫後の「食べない」と向き合った記録

犬や猫などの動物は、命を自然に委ねる力が強いように感じます。

特に、死期が近づくと動物はそれがわかって食べなくなり、体の水分を極力減らして楽に逝けるようにするなんて話も聞いたことがありました。

だから私は、ウディの「食べない」が恐怖だったのですが、記録をつけながら「もうこれは本人に委ねる部分なんだろう」とウディに執着する気持ちを手放しました。

もちろん、ごはんは毎食いろいろ用意しますし、口元まで持っていって食べさせる努力はしますが、食べないからと嘆き悲しんだりせず、「体が受け付けないなら仕方ない。ウディに任せよう」と見守ることにしたんです。

記録し続けたからこそ、冷静になれた

そうして記録を振り返ると、まったく食べない日は思っていたよりも少なかった。

吐き出すことがあっても、何かしらは口にして、「食べたい」という意思を伝えてくる日が多かったんです。だから、ペースト状の栄養剤を舐めさせることで食べられる状態に立て直していく、口を開けなかった日はあげなくていい、とウディの胃腸の声を聞くようにしました。

私も、薬膳を意識して、肉や魚、野菜をウディにあげるようになったら、ウディ自身の体がそのとき必要なものを自然と選んで食べるような行動に変わりました。これもびっくりな変化です

また、ぐったり寝ている時間が続くときは心配で仕方なかったですが、記録をつけていくと、そういう日が2~3日続いた後で、尻尾を振れるくらい活動的に動く日が来る。そんなリズムもわかりました。

以来、ハウスにこもって出てこない日があっても、床に寝そべって動かない日があっても、「今は体を休めて回復している時間なのね」と見守れるようになりました。

私が、不安そうに接すると、ウディにもそれが伝わるんだと思います。過敏に、神経質に対応すると、ウディも警戒心が強まってピリピリするから、お互いの疲弊度も上がる。

ウディのサポートはするけど、ウディの体はウディのもの。最終的には、ウディの生命力に任せる、でいい。

そんなふうに手放せたら、ウディも自分のペースで回復していったように思います。

構いすぎないこと。
これもまた、ひとつの大事なケアだったのだと思います。

記録をつけていたからこそ、気づけたことです。

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ウディまま
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シニアで持病のあるわんこと、すこやかに暮らすための実践記録。僧帽弁閉鎖不全症から肺水腫を経験した愛犬ウディと向き合い、治療や通院を重ねながら、療養から日常に戻すまでに取り組んだ食養生や暮らしの工夫、QOLを上げるための選択を体験ベースで綴っています。 ◉このブログを書いている理由やスタンスについては「プロフィールを読む」からご覧いただけます。
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